2010年09月09日
中国の犬食は。

毎日元気に暮らしている、ゆうたちんです。
今日の静岡新聞夕刊に、興味深いコラムが載っていました。
「飼うということ」⑩です。(連載)
「中国のペットと食文化」という題で書かれています。
作家である筆者が、20年ほど前に中国を訪れた時、学術調査で知り合った教授に、焼いてから甘辛の味をつけてじっくり煮込んだ肉を出され、食すと美味であった。
食べてから犬の肉だと聞かされた筆者は、「子犬と大人犬の中間がいちばん食べごろ」と言われ、「食文化とはこういうことなのか」と、素直に思ったという。
月日が経ち、今年の4月に教授に再会した筆者は、犬食の事を聞いてみたそうです。
すると教授は、「自分の家ではペットとして犬を飼っており、もう犬を食べる事はない」と言ったそう。
驚く事に、2度ばかり食べて帰って来た日に、臭いをかいだ犬が怒って自分に近づかなくなったと言う。
1度目は良く解らなかったけど、2度目の反応で(ああ、仲間を食べてきた事に怒っているのだ、口から仲間の肉の臭いがしているのだ)と、その教授は思い、犬は嗅覚も鋭いからと、大いに納得したそうです。
また奥さんの妹さんの犬も同様で、その家も肉を食べなくなったそうです。
筆者は、「家族の一員として飼うことで食べなくなる。ペットと家畜とのはざまを示唆するエピソードだろう。」と結んでいます。
私は愛護という言葉は気恥ずかしくてあまり使いませんが、犬猫のいわゆるそういう活動をしていると、「牛だってブタだって命だし、食べているのにおかしいだろう、犬や猫とどう違うって言うんだ」と、詭弁を弄する人がいます。
(そういう事を言いだすと、植物だって生きている、などと言い出す人もいますが・・・。)
それに対する答えが、このエピソードに潜んでいる、と私は思います。
犬や猫は、身近にいて、精神的な面での交流もあり、他の生き物と、接点が全然違うのです。
近しく、お互いに愛情を持って暮らす、そんな習慣を持っている私たちにとって、それらは決して食料として考えたくはない存在なのです。殺処分に至っても同じです。
要するに、(イイ奴らだし、可愛いから苦しめることは気分的に嫌!)なのです。命に上下はない、などと言われますが、実際には優先順位が生じるのは無理からぬ事だと私は思います。
以上の理由で、その上位に、人、犬、猫があると、私は理解します。
って事で、殺処分のない未来を想って、明後日の「犬と猫と人間と」是非見に来て下さ~い!
お後がよろしい様で・・・(笑)
Posted by ハッチー at 22:16│Comments(0)
│つぶやき